第一回FIGHT/テーマ「新」 |
「ライトサンダー号」
作者・A/T
新しい奴が来た。
ボディはシルバー、今までのと違ってぴかぴかのつるつる。
高級感漂う、大型のキャンピングカー。冷暖房設備は勿論、トイレもベッドもシャワールームも、何を考えて居るんだかホームバーまで完備している。全く持って文明の利器という奴だ。
俺達は隅々まで矯めつ眇めつ眺めて、ボディやシートに頬ずりをした。
コイツで、これから俺達「CHECK VOICE」はライブツアーに出かけるのだ。
思えば、インディーズでデビューらしき物をしてから、もう7年も経ってしまったのだ。
ガッコの同級で組み始めたバンドが、良くここまで来たものだと、我ながら思う。
組んだ時から名前は「CHECK VOICE」。リードギター一人、ベース一人、ドラムス一人、サイドギターでヴォーカルの俺一人、の計四人のバンド。
キイボード? 無い無い。贅沢は言えない。ギターなんて無理矢理引きずり込んで、まずコードの押さえ方から特訓したんだから。
初めは文化祭のステージで、それから近場のライブハウス回りだった。下手くそバンドの前座で、ヤケみたいにリキ入れて演った。
オフィスビルの一室に忍び込んで、こっそり生テープを録音した。次のライブで一本100円ナリで売る為だ。4人でゲロ吐きそうになりながら100本作って、それが完売した時なんかは、全員で抱き合って喜んだ。
無礼講だってんでみんなで呑みまくって、12650円かかった。100本のテープって10,000円にしかならねーのに。
無計画だと後から喧嘩になったが、でも楽しかった。
ガッコ卒業して、メンバーは一人替わった。
順当に考えれば、まともに就職した方が無難な訳で、メンバーは止める事が出来ずに別の奴を捜した。馬鹿は馬鹿同士集まるらしく、俺達「CHECK VOICE」は、割と早くに四人に戻って、何とか続ける事が出来た。その頃から、日本各地にライブツアーに出るようになったのだ。
みんなで金出し合って、デカくて白い旧型のバスを中古で買った。シートが一個一個離れていない、横一列の奴。まだ有るのかよ、と驚いて、これにした。
マイクロに毛が生えたくらいの半端な大きさだったけれど、それでも嬉しくて、下手くそなデコレートを目一杯に施した。白いボディに黄色い稲光を走らせて、俺達はそれを格好良く「ライトサンダー号」と呼んだ。
稲妻号、のつもりだったが、稲妻は「lightning」が正しいらしい。
バスは良かった。見栄えはそりゃあ、余り良いとは言えないが、積める。隙間にでも屋根にでも眠れる。当時の俺達にはまさにライトサンダー号は、宝の箱だったのだ。白くて大きな宝箱。
俺達は4年近くも、ライトサンダー号と一緒にあちこちを飛び回った事になるのだ。
最初の2年は鳴かず飛ばずだった。
地味なライブハウスを潰すように回って、30分3000円の貸しスタジオを借りて、ちっぽけなCDを作って売ったが、殆ど売れなかった。
ライトサンダー号の中で寝泊まりして、雨が降ると洗車ついでに体を洗ったりもした。
ライトサンダーから見上げる星は綺麗で、妙に輝いて見えた物だった。
次の一年は、徐々にお呼びの掛かり始めた年だった。
インディーズだけど、ちゃんとスタッフが付いてCDを出せたし、インディーズ専門店では、売り上げTOP10に入った。
また俺達は宴会をした。稼ぎよりも多くの金を使って、俺達の健闘を俺達で讃えた。調子に乗った誰かが、ビールをライトサンダーのシートに零して、妙に剥げたまだらになったのも、今じゃ良い思い出だ。
そして最近の一年。
俺達は何だかんだで、いわゆる「メジャー」と言われる所のとば口に居る。
まだまだインディーズに変わりは無いけれど、最近はインディーズもメジャーの売り上げTOPに名を連ねたりする事が有るのは、誰もが知っての通りだ。
ライブの数が増えて、ライトサンダー号の走行距離も、馬鹿みたいに増えた。
ライトサンダー号は年である。
妙な振動が起きる事が多くなって、エンストが増えた。上り坂では馬力切れして、降りて押さねば動かない時が増えた。俺達は、お婆ちゃんかお爺ちゃんを相手にするみたいに、なだめなだめ走ったのだが、それにも限界があった。
堪りかねて修理屋に持って行き、そこでとうとう言われてしまったのだ。
「あ〜〜、寿命だわ。良く走ったけど、もう廃車にして新しいの買った方が良いよ。寿命。」
プロの言う事に間違いはないだろう。
言われなくたって、俺達ひしひし感じていた事だったし。
俺達は、ライトサンダー号が廃車になるのを皆で見守る事にした。積んでた装備はどれも古くて、そのまま何一つ外さずに、「つぶし」に回されるのを、黙って付いて見送った。
どでかいプレス機に入れられて、ライトサンダー号の無邪気な顔が、年齢相応のしわくちゃになる。
上下左右から押しつぶすプレス機の腕の中で、俺達の寝床が、展望台が、生活を共にした家が、……仲間が。
潰れて不格好なブロックになるまでを、俺達はただじっと見守ったのだ。
さいなら、と誰かが言った。バイバイ、と誰かが言った。
ありがとうな、今まで色々。――― 俺が言った。
そして新車が来た。
ぴかぴかのつるつる。当然まっさらの新車。間抜けな横一シートなんかじゃなく、革張りのシート。デカくて格好良いステアリング。頑丈で繊細なボディ。
俺達は嬉しくて、ボディを撫でたり、シートに頬ずりしたり。
滅茶苦茶乗り心地良いぞ、と中に乗り込んで一頻り騒いで、全員で決めた。
稲妻のデコレートをしよう。
名前は「新・ライトサンダー号」。
全員が頷いた。
あとがき = こう言う気持ちは、誰にでもわかると思います。
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